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※本コンテンツは、2017年度の文芸・思想専修紹介リーフレットに掲載されたものを再録しています

《人生を生き抜いていく精神的な「拠点」をつくる》

小野

福嶋さんは立教大学に赴任されて3年目になりますが、文芸・思想専修で教鞭をとってどのようなことを感じていますか?

福嶋

文芸・思想専修の大きな特徴は、普通の大学なら分けて考えられてしまう研究と創作、文学と哲学をトータルに、横断的に扱っていることにあります。実際に卒業論文・卒業制作のテーマを見ても、小説はもちろん歌舞伎もあれば現代演劇やマンガもあるといったように、いろんなテーマを追求できる環境がある。多様な関心を持った学生たちがお互いを刺激し合えるという意味で、とてもいい環境だと感じています。

実用的な水準で言えば、文学部は世の中の役には立たないところと見られがちです。ただ、社会で役立つ実際的な知識を得るのはもちろん大切だとしても、同時に、これから人生を生き抜いていくうえで支えになる精神的な「拠点」を持つことも、かつてなく重要になっていると思うんですね。

今は万人に当てはまる確かな物差しがどこにもない、これまでになく不確実性が増している時代です。実用的な知識ももちろん大切ですが、それは5年後、10年後には案外、役に立たなくなっているかもしれない。だからこそ、自分が苦しいときにいつでも帰還できる「拠点」を持つことはますます大事になっていくはずです。文学部というのは文学や思想を通じて、自己の中心的な場所をつくっていくところなのだ、ということを学生たちにはいつも伝えています。

《世界は効率を超えたものに満ちている》

小野

僕も文学というのは場所だと思っていて、自分たちにとって拠り所となる、言葉によってつくられた巣のようなものだと考えています。そういう場所がないと、その日その日の出来事に流されていってしまう。
福嶋:
そうだと思います。文学部のイメージはややもすればあいまいで、日本社会もその存在理由について明確なビジョンを持っていない。だからこそ教員は、文学や哲学に関する「理念」を伝えていかなくてはならないでしょうね。

そもそも、文学はいったい何を引き受けてきたのか。たとえば、世間では一般的に「死」や「痛み」といったものはなるべくなら避けて通りたいものとしてマイナスの価値を与えられていることが多いですよね。しかし、文学の仕事はむしろ、これらのコミュニケーションしにくいものをいかに伝えていくかというところにある。若いうちに、そうした精神や魂にかかわる問題に、文学や哲学からアプローチする経験は絶対にしておいたほうがいいと思います。

福嶋

もともと文学や芸術というのは効率性を超えたところにあるわけです。効率を超えた何ものかへの感受性を育てていくのが文学部なのだけれど、効率性重視の世の中で、最近は「効率を超えたものがある」というメッセージが受け取られにくいということはあるかもしれません。

けれども、世界というのは効率を超えたものに満ちている。恋愛でも出産でも、人生で大切なものは効率を超えたものです。だからこそ文学や思想も2000年以上にわたって続いてきた。

小野

人間は「遊び」というのがないと生きていけないんですよね。機械にだって遊びという安全装置が必要であるように、人間が人間であるためには遊びが必要で、文学や芸術こそがその役割を担ってきたのですよね。

《大学という場の生かし方》

福嶋

ただ、文学や哲学というのは、たとえば劇場や美術館のような物理的な空間を持つ演劇や美術と比べて、本を閉じ目を逸らせばいつでも切断されてしまいます。そういう意味で切断しづらいものを埋め込んでいくのが、大学という場なのかもしれません。

インターネットがある今の時代、情報はいくらでも手に入ります。しかし体験なき情報しか持っていない人は、その時その時の流行に右往左往するしかない。手に入った情報を自分なりに咀嚼したり他人との議論の中で修正していったりするには、必ず場が必要なんです。文学部というのは、情報を自分の体験に変えていくという意味での「場」なのだと思います。

これから文学部で学ぼうという若い方に声を大にして伝えたいのは、大学は4年間で卒業するものですが、文学や哲学は卒業してもらったら困るということです。裏返して言えば、文学や哲学は一生付き合っていけるから良いものなのであって、大学とともに卒業してしまっては意味がない。そのことがきちんと伝わっていなくて、大学という制度の中にしか文学がないと思われてしまっている。文学というのは講義やゼミに出たり、そこで指定された本を読むだけではなく、古本屋に行ったり、歴史的な空間に身を置いたりすることも全て含めて文学で、だからこそ外の現実へとつながっているんです。

小野

文学はあらゆるところにあります。文学作品よりよほど文学的な人というのも、目を凝らせば世の中にはたくさんいます。

福嶋

まったくその通りで、大学というのは本来、制度にしばられないさまざまな人間のあり方を学んでいく場所なのですよね。書き言葉だけでは伝わらないそうした暗黙知のようなものを、文芸・思想専修で学ぶ学生たちには伝えていきたいと思っています。