教師と私生児

福嶋

とはいえ、西谷さんがいなければ、日本の人文知がドゥルーズやデリダやフーコーの外に広がるフランス思想に触れる機会は格段に減ってしまったでしょう。それに加えて、西谷さんにたくさんお弟子さんがいらっしゃることにも驚きました。

小野

西谷先生は自分からは絶対に言いませんけど、本当にたくさんの学生の面倒を見ていますよね。渡名喜庸哲さんも先生の影響を受けているんじゃないですか。

西谷

渡名喜さんは教えたわけではないけれど、森元さんに紹介されて、いいなと思って何年か前から一緒に仕事をしたりしています。

小野

嘉戸さんや僕は最初期の学生だと思うんですが、教わって育った人たちの多くは他所の大学の学生なんですよね。先生には、言ってみれば「私生児」がたくさんいらっしゃる。例外的に明治学院出身なのは中村隆之さんですか。

西谷

そうですね。彼は本当によくやっていると思います。もうクレオールは彼にお任せですよ。今になってみると、私は学生に恵まれたなと思います。以前から「わざわざ外に出て、それでもやるんだから、君らは一騎当千だ」とみんなに言っていたんだけど、本当にみんな自分の道を開いていい仕事をしていると思います。

小野

ただ、「俺は弟子はとらない」ということもおっしゃっていますよね。

西谷

よく覚えているね。私が自分のやりたいことがやってこられたのは、先生というのがいなかったからなんです。誰にも気を遣わなくていい。それでも、たまたま教えるという場に立てた。それも言ってみれば贈与なんですね。だから、気兼ねしないし、出来合いの制度に縛られなくていい。だから、「君らも先生がいると思うな」ということです。「先達はあらまほしきことかな」、とは思いますが、従うべき師はいらない。

小野

学問的な導きの星ということもそうなのですが、やっぱり西谷先生のお人柄、人間としての魅力に僕は強く惹きつけられてきました。先生みたいな人がこの世の中にはいるんだから人間は捨てたもんじゃないと思えることがしょっちゅうありました。

フランス語がすごくできて、教養にあふれて教えるのが上手い先生は他にもいたと思いますが、僕らが、少なくとも僕が、話を聞きに行きたい、この人のことをもっと知りたいと思ったのは西谷先生だったんです。ただ、こういうことを口にするのは時期尚早というか、ほんとは自分がもう少し立派な作家になれたら、先生の教えを受けたことについて感謝を込めて書きたいと思っていたんです。それがいま言ってたらどうしようもないですね。

西谷

いや、それで本当に立派な作家になったら、「あれは俺が教えたんだ」と自慢するから。そう言わないうちは、まだ足りないということで…。

小野

そこにまだ達していないということですから、努力します。

福嶋

今日は当初の予想を遥かに超えて、実に多面的かつ刺激的なお話を伺うことができました。西谷さんの思想の広大さとともに、思想そのものがいかに豊穣なものかということも、改めて確認できたように思います。本当にありがとうございました。

(2017年11月17日 立教大学西谷修研究室にて収録)


[後編 目次]
■1 ルジャンドルのドグマ人類学
■2 フマニタスとアントロポス
■3 アントロポスからフマニタスへの働きかけ
■4 カズオ・イシグロと医療思想史
■5 68年との距離と日本の現代思想
■6 教師と私生児


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