フマニタスとアントロポス

福嶋

西谷さんはよく「フマニタスとアントロポスの区別」ということをおっしゃっていますが、これはドグマ人類学から来た発想なのでしょうか。

西谷

それは実は逆で、というか相互的で、De la Société comme Texte. Linéaments d’une Anthropologie Dogmatique([テクストとしての社会─ドグマ人類学要諦]2001、 Paris: Fayard)という本の冒頭でルジャンドルが、「日本から来た西谷が言い当てている」と言って、私の言ったフマニタスとアントロポスの区別を引用しています。

福嶋

おお! その場合、フマニタスというのは、西洋的なドグマの中でつくられてきた人間像ということですか。

西谷

そうです。それはドグマ的に機能していて、ヨーロッパ人はそのことに何の疑問も抱かない。だから、「ああ、アントロポスがいるね」というふうに、観察の対象をアントロポスにする。そして、自分はそれとは違うステータスに身を置いていることに気が付かない。人類学者がそのことに気づいて自己批判のようなことを言い始めましたが、それに呼応する形で、ルジャンドルは、ヨーロッパ文化、ヨーロッパ的意識そのものをアンソロポロジーの対象にすると言っているわけです。ただ、彼自身はヨーロッパのギリシャ・キリスト教文化にどっぷり浸かって育ってきた人間で、自分にできることは限られているから、世界化した西洋の相対化は他所の人間がやれというわけです。そこで私は「よし、オーケー」と言ってやっているということです。

福嶋

アントロポスとしての人間のほうが先立っていて、その中の特殊バージョンとしてフマニタスが存在しているというイメージでしょうか。

西谷

結局はそういうことですが、二つ並べてもしょうがないんですね。問題はその関係性です。フマニタスという概念や意識がいつどういうものとしてできて、それがアントロポスという観念をどのように生み出したのか、そういう関係があるにもかかわらず、それが枠組みとして独り歩きしているということが問題なんです。フマニタスというのはルネサンスの頃にできて、それが人文学として広まって、西洋的な知の形成のベースになった。フマニタスとは世界を対象として知り、知識を普遍的なものとしてつくり出す主体としての人間です。そのフマニタスが外部に発見した人間がアントロポスとして観察や操作の対象になる。これはヨーロッパ内部でも外部でも同じで、カントもアンソロポロジーを書いているし、ヘーゲルもアンソロポロジーをやっていますが、それは形質人類学なんですね。このあたりのことは橋本一径さんがやっていますね。犯罪者の人相学のようなアンソロポロジーがあって、それが外へ出ていくと、動物相や植物相のように、アントロポスの相として観察の対象になる。それが西洋近代の知の形成のされ方です。だから、フマニタスというのは主体としての人間、アントロポスはその対象としての規定なんです。アントロポスはフマニタスの言語を使い、その知に同化するとフマニタスとして受け容れられます。だからわれわれは西洋語を学ぶわけですね。そうしないと普遍的知として認められない。それ以外はフォークロア扱いです。

福嶋

なるほど。

西谷

今、『テクストとしての社会』というその本を訳し始めているんだけど、冒頭で自分が引用されてるものなんて恥ずかしくて訳せるかと思って今までやっていなかった。けれども、やはりこれを訳さないとドグマ人類学は始まらないと思ってやっています。

福嶋

最近、フランスの思想家としてはエマニュエル・トッドが日本でも流行しています。彼の家族人類学は人間を一度アントロポスに還元した上で、どういう家族形態がつくられているかを相対主義的に見ていく仕事だと思うんですが、あれは西谷さんの問題意識とは交差しないでしょうか。

西谷

時間の幅を大きくとり、いろいろな観念的な拘束や束縛、思い込みを取っ払って、人口動態的に世界を見るというのは、それ自体は興味深いと思います。けれども、そこから何かご託宣をたれるようなことはやめたほうがいいと思いますね。

福嶋

予言者然としていますからね。

西谷

あれをアンソロポロジーと言いたくないと思うのは、人間集団をザルの中のモルモットのように扱って、それぞれが必ず意識を持って生きているということがまったく捨象されているからです。もちろん家族を形成することは意識と関係がありますが、基本的には繁殖がベースでしょう。その繁殖に無媒介に文化的要素を重ねて見ていくわけでしょう。

福嶋

トッドは確かに、意識を超えたシステムとして家族を見ているわけですね。

西谷

そんなふうにして集団をある種生態学的に観察することの一定の有効性というのは認めますけどね。たしかに、十字軍のキリスト教王国はほどなくアラブ世界に呑み込まれた。しかし、唐突ですが、イスラエルの存続はどうなるのか?

[後編 目次]
■1 ルジャンドルのドグマ人類学
■2 フマニタスとアントロポス
■3 アントロポスからフマニタスへの働きかけ
■4 カズオ・イシグロと医療思想史
■5 68年との距離と日本の現代思想
■6 教師と私生児


1 2 3 4 5 6